大怪獣まんだら

GIGAN YAMAZAKI & WAGAYA FACTORY's blog

いろいろあって星になる

ち‐じん【知人】
互いに知っている人。知り合い。
類語 知り合い(しりあい) 知己(ちき)

出典:デジタル大辞泉

彼女との間柄を表すならば、〈知人〉だろう。別に家族でも友人でも仕事仲間でもないし、今回の報道で何度も出てくる知人とやらのように、現在の彼女について何か知っているわけでもないが、赤の他人ということもない。これまで何度も何度も、本当に何度も何度も取材させてもらってきた。こんなに何回も同じ相手からインタビューされたことはないと言われたくらいだ。また、騒動の時期から考えると、最後の取材におけるインタビュアーも自分だった可能性がある。
そういえば、かつて自分の名前を冠する小さな賞を贈ったこともあった。その後の大活躍から考えれば、なんとチンケな賞か。でも彼女は、芸能生活を送ってきて初めてもらった賞だなんて喜んでくれた。だからまあ、それなりに親しみを抱いてくれてはいたのかもしれない。新作の記者会見や撮影所などで自分の姿を見つけて、あとでわざわざ話しかけに来てくれることもままあった。でもたぶん、彼女は誰に対してもそうだったろうなと思う。とても感じのいい、人懐っこい子だった。いい子すぎるくらい、いい子だった。
ただ、そんなふうに好ましく感じられていた彼女のパーソナリティが、幸福の科学への信仰に依るものだったとしたら、ほんの少しだが複雑なものを感じざるを得ない。自分はカルトに対して、やや否定的な考えを持っているからだ。


大学生のとき、仲のいい同期の友人に呼びつけられ、ある告白をされたことがある。彼はカルト二世だった。日々の悩みにぶち当たった際、気付けば自分の血肉となっていた教えに救われ、改めてその素晴らしさに目覚めたという。「いつも君が褒めてくれる僕の演技だって、そのルーツを辿れば○✕先生の教えに行く着くんだよ」などと熱っぽく語りながら、彼は教団のパンフレットを差し出した。自分はそこに書かれた教義の矛盾点にアンダーラインを引いてみせたり、「そもそも俺が君に頼んだ役、世界征服を企む悪の秘密結社の首領だったじゃんか!」と揚げ足をとってみせたりしたのだけど、これがまったく糠に釘。これっぽっちも会話にならなかった。
つまり理屈じゃないんだ。子供の頃から信者に囲まれて育つというのは、そういうことなんだと思う。彼らにとって、それはよくも悪くもベースとなっている。その他の人々とは、生きていくうえでのルールが違うとでもいおうか。そしてルールが違うだけであって、彼らは悪人でもないし恐ろしくもない。むしろ純粋でいい人のほうが多い気がする。少なくとも彼はそうだった。しかし、ルールが違うというのは非常に大きい。


そして、彼女もまた二世だったらしい。そういう意味では、確かに本人が書いていたように洗脳(=思想改造)ではないのだろう。いやむしろ、もっとずっと根の深いものだ。彼女にとって大川隆法は、本当に〈仏陀の魂の化身〉なのかもしれない。そんな相手から一冊の本を通して、「覚悟を決めよ。」と迫られたのだ。その精神的重圧、心境は如何ばかりか。部外者には、とても想像できるものではない。
しかし、そうであるならば真に彼女を追いつめたのは大川隆法その人なんじゃないのか。出家だなんだと騒がれているが、これは巧妙に練られた、極めて悪質な引き抜きだったんじゃないのか。そう考えることもできるだろう。


現在、テレビによる報道では、“多くの仕事を投げ出した無責任な女優”という見方が支配的だ。タレントもコメンテーターも、ひたすら個人攻撃に終始している。本当に彼女ひとりの意思で決めたことかどうかなんて、誰にも分からないのに。まあ、この無茶苦茶な状況に対する違和感は、ラジオの王様が概ね代弁してくれていたので割愛する。
逆にインターネット上では、能年玲奈の独立・洗脳騒動も影響してか、レプロに対する批判意見も多く見られる印象だ。レプロに限らず、ひとたび反旗を翻した相手に対する所属事務所の徹底的なる攻撃は、芸能界に身を置いていない我々からすると異様なものに思える。実際、彼女も「すり減って行く心を守ってくれようとしたのは事務所じゃなかった」とツイートしていた。少なくとも現場のマネージャーたちとは信頼関係を築いているように見えたし、いろんなインタビューでも辛抱強く支え続けてくれた事務所に対して恩返しをしたい旨の発言をしていたものの……残念ながら何かあった、あるいは何もしてくれなかったというのは本当のことなんだろう。


で、その“何か”が何なのか、彼女のことを「毎日がギリギリの状態」になるまで追い込んだものが何なのかは、おそらくこれからも明らかになることはないのである。借金、男の影、枕営業……えとせとらえとせとら。今後もいろいろと憶測と邪推が飛び出してくるに違いない。しかし、教団の広報局による会見や発表の内容だって、決して鵜呑みにできるものではないと思っている。あたかも彼女の主張、意見のように聞こえるが、そこには組織の都合も乗っかっていることを忘れてはならない。


たとえば、無理やり決められたという水着DVDの仕事について。確かに以前から水着仕事に抵抗感がある話はしていたし、自分自身も訊いたことがある。しかし、だからこそ最小限に留められていたように思う。ミスマガで幾つも賞を獲っているにも関わらずだ。たぶん、'13年の写真集と映画『変態仮面』の妄想シーンが最後じゃないだろうか。DVDに至っては、もう5年以上も出していなかった。
人肉を食べる人種の役柄は、彼女の良心や思想信条にかなわないなんてのもそう。実際には騒動前、雑誌インタビューで「私、実は血が出るのとかまったくダメだったんです。人を食べるということに対してもすごく嫌悪感があって、『東京喰種 トーキョーグール』も最初は怖いというイメージしかなかったんですけど、読み終わったらなんてつまらないことでビビっていたんだろうと思いました」と語っている。彼女は偏見を乗り越え、前向きに役作りに取り組んでいたように思える。本当に嫌な仕事だと思っていたら、トーカが依子の作ってくれた弁当を、そして功善の妻が人肉を食べるくだりを、敢えて大好きなシーンとして挙げるだろうか?
まあ、どんなに辛い仕事もプロ意識で乗り越えてきたが、内心はボロボロだったということかもしれない。でも本当のところは、例の激務薄給の件と併せて、如何に彼女が辛い立場に立たされ続けていたのかをアピールすることによって、教団側が肩代わりすることになるであろう莫大な損害賠償金を発生させずに済むよう仕向けているのではないか。まあ、これも邪推といえば邪推だ。でも自分は、「私以外に私の本当の事を語れる人なんていないことを、今のうちに言っておきます」というツイートを深読みせざるを得ない。


そう。幸福の科学のホームページや各種メディアで公開されている直筆コメントはもちろん、「100%本人で自由に」というツイッターのアカウントだって、教団のチェックが入っていないとは言いきれない。ほのめかすようなコメントばかりという批判もあるが、それが彼女の置かれている立場での限界なのだと考えるべきだ。すべての事情をつまびらかにすることが、教団にとってプラスであるとは限らないのだから。そして現在、彼女を守ってくれるのは教団だけなのである。
他に頼れるものがなかったので、文字通り駆け込み寺として幼少期から馴染みのある組織に身を寄せた。つまり必ずしも大川隆法幸福の科学に心酔しているわけではないのかも……というのは、カルト嫌いの自分に都合のよすぎる想像だろうか。


ふと気付けば、随分と長いテキストになった。遠いようで近いが、やっぱり遠い〈知人〉。ただの知り合いに過ぎない自分には、誤解から来る批判が少しでも減るような記事を書くことくらいしかできない。こういう場合、どちらの組織の味方でもない立場から発言するのが正解なのだろうが、随分と教団側への悪口ともとれることも書いてしまったので、彼女にとってありがた迷惑だったかもしれない。しかしテレビで、ネットで、無数の奇異の目と理不尽な中傷に晒されている様子を見ていて、知人にできるせめてもの援護射撃をと思った次第。
はっきり言って一銭の得にもならないが、それぐらいのことはしてあげたいと思わせるだけの人間的魅力を持っている子なんだろうなと、彼女のことを知らないひとりでも多くの人に伝われば幸いです。数年後、『しくじり先生』のような番組で「いや〜、このときは暗黒期でしたねぇ! あっはっは」と大口を空けて照れ笑いする彼女の姿が見られる日が来ることを心から願う。